当事者ではない人としてのLGBTの話
私には本当に大好きな女の友達がいます。
なんとなく親友という言葉を使うのが自分的に嫌で、どんなに一緒にいた友達に親友、と言われてもその度に違和感を抱えてきた私ですが、
この人は間違いなく親友に値する、私にとって特別な人だ
そう言いたくなるくらいの人です。
深いときはとことん深く、浅いときはとことん浅い会話をするえ。
(主にというか138%私が原因で)1回離れたこともあるのですが、それを経て今、唯一無二の存在です。
そんなその子とディズニーに行ったときです。
夜ご飯を食べてたら、急にその子が別にためらいもないような様子で切り出しました。
「いい感じの人がいるけど、それは女の人なんだよね」
これよく聞くやつや。仲のいい友達から自分は同性愛者(またはバイセクシュアル、etc..)だとカミングアウトされること。
私にはお姉ちゃんがいます。
これの何ヶ月か前、姉は、姉の1番の友達(だと思うんだけど)に、
「自分は同性が好きで、付き合ってる女の人がいる」
と言われた、と言っていました。
1クラスあればそこに1人か2人の割合でLGBTの人がいる、と言われるようになった今。
ついにそういう話が身近になったな、と感じました。
姉から話を聞いたとき私が何を感じたかというと、
嬉しかったんです。なぜか。
そのときなぜそう思うかはわからなかったし、私は異性愛者だと思っていたが、実は自分も同性愛者だった、だからそれに気づいて身近に感じて嬉しかった、ということとも違う気がする。
純粋にその人たちの愛のかたちを尊敬する気持ち。
とにかくすごく嬉しかった。
元々セクシュアル・マイノリティの話には抵抗感がなかったこともあり、友達に彼氏ができた、と話を聞くよりも祝福の気持ちでいっぱいでした。
そして姉から話を聞いてから、
「もし自分の友達からそういう内容をカミングアウトされたら、自分はどう思うんだろう....」
と考えるようになりました。
想像では、姉の友達のときと同じ。嬉しい。
けど実際はどうなんだろう。やっぱり衝撃なのかな。祝福できないのかな。
そしたら、ついにやってきたんですね。その時が。
さあ、私どう思う!?どんな気持ちが生まれる!?なんて言葉を返すんだ自分!!!!
その結果は、
嬉しい
姉の友達の話を聞いたときと、想像と、変わらなかったんです。
なんて言葉をかけたのかは正直覚えてないのですが、とにかく嬉しい、という気持ちでまたいっぱいだった。
素直に、友達の恋を応援したい。
友達が決めたことなら最大限に尊重する。
そういう愛のかたちって素晴らしい。
と思いました。
私の大切な友達は、今はそのいい感じだった人と付き合っていて(♡)、よくその人含めた3人で会ったりしてますもしかしなくてもお邪魔だよねこれ
その人はすっっごくかっこいいのに可愛いし素敵で、人として私もすごく好きです
こういう話を聞いて感じる嬉しさ
これが一体なにものなのか?
自分にベクトルが向いている喜びとは違くて、その人たちの愛のかたちに対する純粋な喜び。
なぜここまでの気持ちを感じるんだろう...?
ずっと疑問でした。
それに対する答えがやっと見えてきた気がするので、それも書きたいのですが、ぜんぶこの投稿に収めるとすんんごく長くなるので、
また次で☆